コンテンポラリーアーティスト・大橋澪さんとRignaによる、2年ぶりの個展が7/10(金)~7/12(日)の3日間開催されました。
Rignaのショールームには約40点に及ぶ作品が集結。
今回は新たな試みとして、イギリスのペイントブランド「Farrow & Ball」の塗料を用いた3点の新作も発表。
前回の個展から2年。
画家として活動を始めて6年を迎えた大橋さんは、自身の作品について、
以前よりも深く、静かに言葉を紡ぐようになっていました。
作品が生まれるまでの過程、「アートのある暮らし」へのこだわり、
誰にも見せずに絵を描き続けていた原体験、そして、アーティストとデザイナーの間に立つ自身の現在地。
Rignaの村野が、じっくりとお話を伺いました。
Rigna Rignaで個展という形でご一緒するのは、2年ぶり、今回が2回目ですね。普段から作品を展示させていただいていますが、今回はショールーム内に約40点の作品が集まっています。そして今回は、新しい試みとして、Farrow & Ballの塗料を使った作品も制作していただきました。
大橋 村野さんから「Farrow & Ballの塗料で絵を描いてもらえませんか」とお話をいただいて、「やりたいです」と即答しました。Farrow & Ballが掲げている「色のある暮らし」という考え方が、私が目指している、アートとインテリアを生活の中で楽しんでいただくことと、ものすごく重なったんです。
大橋 今回制作したのは、以前から描いていた「Flower」というシリーズの新作です。私の主力作品である「BORDERLESS」は、さまざまな色が複雑に重なり合う抽象画ですが、今回は、それらの色が一つの作品の中で"咲く"というイメージが浮かびました。花そのものを写実的に描くというよりも、色が一輪の花として咲くような作品です。
Rigna 今回使われた色にも、それぞれ理由があるんですよね。
大橋 そうですね。ブルーの作品に使用したのは「Hague Blue」という色です。私は以前オランダに4年間暮らしていたのですが、Hague Blueはオランダの都市、デン・ハーグに由来する色です。オランダにはデルフト焼きなど、印象的な青の文化もありますし、自分自身がオランダに暮らしていた経験もあったので、この色は最初に選びました。少しグリーンを含んだ、とてもシックで落ち着いたブルーです。実際に使ってみて、アトリエの壁にも塗りたいと思うほど気に入りました。
他2色は私が直感で気に入った2色を選びました。ホタテを意味する柔らかなピンクの「Scallop」、落ち着いたブラウンの「Broccoli Brown」です。今回は、私自身の表現として一つのシリーズにまとめるため、色の組み合わせを画用紙の上で試しながら構想を練りました。
Rigna 作品を描く前には、いつもこうしたラフを制作されるんですか。
大橋 BORDERLESSのように、これまで1000点近く描いてきたシリーズであればラフはほぼ作りません。頭の中で構想できますし、実際に描きながら試行錯誤していくこともあります。ただ、クライアントがいらっしゃる仕事や、ブランドとの取り組みの場合は、どのようなプロセスで作品をつくったのかを視覚化し、共有するために、ラフや色の組み合わせを整理してお見せすることがあります。今回も、Farrow & Ballの色の組み合わせを試しながら制作しました。
Rigna 今回の3点は40センチ角で、厚みも約4センチあります。正面だけでなく、横から見てもとても印象的ですね。
大橋 キャンバスの側面まで描くことは、すべての作品で大切にしています。美術館では、作品の正面に立って鑑賞することが多いと思います。でも家の中に飾る場合は、生活動線の中で、斜めから目に入る時間の方が多いのではないかと思うんです。だから、キャンバスの側面まで絵の具を乗せたり、正面から続くように表情をつくったりしています。暮らしの中で、どの角度から見ても楽しめる作品にしたいと思っています。
Rigna 大橋さんは、作品を完成させる前に、必ず一度ご自宅に持ち帰るそうですね。
大橋 はい。最低3日間を目安に、自宅に飾って、その絵と暮らします。アトリエと自宅が徒歩3分ほどなので、キャンプ用品のキャリーカートに作品を包んで乗せて、歩いて運んでいます。道行く人にはよく振り返られます(笑)。週末は、子どもと一緒に引っ張ることもあります。
Rignaのお客様の納品例
大橋 私は「アートのある暮らし」や「暮らしに寄り添う作品」と言っているので、まずはその作品が、自分自身の暮らしにきちんと寄り添ってくれるかを検証しなければならないと思っています。リビングやダイニング、テレビの上など、作品の大きさに応じて飾る場所がいくつか決まっています。食器を洗いながら、子どもと遊びながら、ふとした時に作品を眺めて、違和感がないかを確かめます。側面にもう少し色を加えた方がいいのか、ゴールドを足すべきか、それとも削るべきか。生活の中で何度も見ることで、アトリエだけでは気づかなかったことが見えてきます。
Rigna 時間帯によっても、作品の見え方は変わりますよね。
大橋 大きく変わります。例えば、朝日をイメージして描いた作品でも、夜に月明かりの中で見ると、まったく違う表情を見せることがあります。たまたま美しい夕日を見て帰ってきた日は、その記憶が重なって、絵が夕日に見えることもあります。
Rignaに実際に飾ってある絵の見え方
大橋 朝日、日中の自然光、夕方、照明をつけた夜、そして部屋を暗くした状態。時間の移り変わりの中で、すべての色がきちんと美しく見えるかを確かめるために、最低でも3日ほど必要になります。早く完成する作品もあれば、自分が納得するまで、もう少し長く自宅に飾る作品もあります。今回展示している作品も、すべてそうした時間を経ています。
Rigna ここまで作品や暮らしとの関係について伺ってきましたが、大橋さんが、そもそもなぜ絵を描き続けてきたのか。その原点についても聞かせていただけますか。
大橋 少し重たい話になるのですが、もともと私は、何でもすごく頑張るタイプだったんです。先生に褒められることや、一番になることが嬉しくて。努力すれば結果が出るということが楽しかったんだと思います。高校では、最初の一度を除いて、試験ではずっと学年1位でした。全国模試などの成績で、卒業時には千葉県知事賞もいただきました。でも一方で、「頑張っている自分」を人に見られることが、だんだん怖くなっていったんです。
Rigna 結果を出すことが嬉しい一方で、それを周囲に知られることは苦しかった。
大橋 そうですね。高校では学年順位が掲示される学校だったのですが、その掲示をやめてほしいと先生にお願いしました。「また一位だね」と言われることが、とても苦しかったんです。
その背景には、中学生の頃の経験もあったと思います。当時はオランダに住んでいて、最初の2年間は日本人学校、その後の2年間はインターナショナルスクールに通っていました。そこで、クラスの女子全員からいじめられてしまったんです。自分にも直すべきところがあったのかもしれません。周囲から見れば鼻につく部分もあったのだと思います。ただ、その経験が大きなトラウマになって、自分が頑張っていることや、実績を人に伝えるのが怖くなりました。
Rigna その中で、絵を描くことはどんな時間だったのでしょう。
大橋 絵だけは、誰にも評価されなくていい場所でした。小学2年生の誕生日に、両親から100色の色鉛筆を買ってもらったんです。それ以来、学習机に向かって、色鉛筆やペンを使ってずっと絵を描いていました。学校では優等生のように振る舞って、家に帰ると机のライトをつけて、ひたすら描く。親に「ご飯だよ」「まだ寝ないの」と言われても、ずっと描いていました。
小学校6年生のときに描いた絵(フランスのパリをモチーフ)
大橋 今振り返ると、絵を描くことは、私にとって現実逃避でした。絵の世界の中が私の避難所でした。誰にも点数をつけられない。誰とも比べられない。自分が本当に好きなものや、憧れている景色を、そのまま描いていい。絵を描いている間だけは、外で見せている自分ではなく、何も取り繕わない自分でいられました。
Rigna 人に見せたいとは思わなかったのですか。
大橋 まったく思いませんでした。むしろ、隠していました。26歳になるまで、人に「絵を描いている」と言ったことも、作品を見せたこともありません。絵を描いていると話せば、きっと「見せて」と言われると思っていたので、絵のことは話題に出しませんでした。図工や美術の授業でも、いつも少し手を抜いて描いていました。浮きたくなかったからです。
絵は、自分が本気で向き合っている、唯一無二のとても脆弱な部分でした。もしその一番大切にしているものを否定されたら、自分の心の「核」が壊れてしまう気がしていたんです。ほかの部分はいくら批判されても笑われても耐えられる。でも絵だけは、自分の本当に好きなものや、口にすれば綺麗事だと思われそうなことを、純粋に信じて心から表現している場所でした。だから、今こうして作品を発表し、自分の顔まで出して活動しているなんて、当時の自分に言っても信じてもらえないと思います。(笑)
Rigna 絵は、誰かに見せるためではなく、自分自身の心を保つためのものだった。
大橋 そうですね。言葉で日記を書いたり、ジャーナリングをしたりする人がいると思うのですが、私にとっては、それが絵でした。自分の中にあるものを絵として外に出して、いいものが描けたと思えたら、それだけで満足できた。「今日も何かを生み出せた。明日もまた外で頑張ろう」と思える。無意識のうちに、自分の心のバランスを絵で保っていたのだと思います。
Rigna その原体験は、現在の作品づくりにどのようにつながっていますか。
大橋 直結していると思います。私は、絵に言葉をかけてもらったわけではありません。絵と会話したわけでもない。それでも、描くことや、美しいものを見ることで、安心できたんです。だから私も、言葉を交わす必要なく、ただ静かにそこにあることで、誰かの生活や心にそっと寄り添える絵を描きたいと思っています。
私が絵に救われてきたように、私の作品を見た人にも、安心する感覚や、自分の居場所があるような感覚を持ってもらえたら嬉しい。そのために、作品の主張は意図的に抑えています。
Rigna 以前は、今よりも強い色を使っていたのでしょうか。
大橋 昔は、赤や黒など、もっと強い色を使うこともありました。でも、長く暮らしの中に置かれ、心を落ち着かせる存在であることを考えると、少しずつミュートトーンやニュートラルカラーが中心になっていきました。これは単にインテリアに合わせやすくするためではありません。長く見ていても疲れず、その人の気分を邪魔せず、必要な時には静かに力をくれる。そのあり方を考えた結果、今の色になっています。
Rigna 大橋さんはオーダー作品も数多く制作されています。一般的に、アーティストには「自分の表現を提示し、その中から作品を選んでもらう」という印象もあります。一方で、デザイナーはクライアントの要望を聞き、条件の中で形にしていく。大橋さんは、その二つの立場をどのように捉えていますか。
大橋 結論から言うと、私はアーティストとデザイナーの間で、少しアーティスト寄りの場所にいたいと思っています。これも、最近になってようやく言語化できたことです。
会社員時代は、クライアントワークを中心とする仕事をしていました。お客様のお話を聞き、必要な情報を集め、相手に合った提案を組み立てる。その基本的な流れを、仕事の中で学びました。オーダー作品を制作する時も、基本は同じです。お客様が何を求めているのか。どのような暮らしを目指しているのか。家族構成や、大切な思い出は何か。オンラインでお話しすることもありますし、ご自宅に伺ったり、アトリエに来ていただいたりすることもあります。思い出の海や、新婚旅行の風景、お子様が生まれた話など、写真を見せてお話ししていただきながら、その方と一緒に一枚の絵をつくっていく感覚です。
オーダー制作作品の納品時の写真
Rigna お客様の要望を、そのまま絵にするわけではないのですね。
大橋 そうですね。お客様のニーズと、私自身の表現の間にある、最も美しい着地点を探します。最終的な表現はお任せいただきますが、その方の雰囲気や生き方に「似合う」作品にしたいと思っています。例えば、柔らかくしなやかな印象の方なら曲線を多くしたり、誠実な雰囲気を持つご夫婦なら、太陽が正面から昇るようなまっすぐな構図にしたり。反対に、力強さや大胆さを感じる方であれば、色のコントラストを強めることもあります。単に部屋の色に合わせるのではなく、その方自身に似合う絵をつくることを意識しています。
Rigna 一方で、新しいシリーズを生み出す時は違うのですね。
大橋 まったく違います。シリーズの最初の作品を描く時には、お客様の顔は一切考えません。今、自分が本当に描きたいものは何か。自分の中にある感情や、旅先で見た景色、記憶を紐解きながら描いていきます。そこは、まさに昔から続くジャーナリングのような時間です。
新しい作品を生み出す時は、完全にアーティストとして、自分の内面と向き合っています。一方で、オーダーやブランドとの取り組みでは、相手の想いや背景を受け取り、自分の表現と組み合わせていく。私は、その両方の活動が両立できると思っていますし、どちらか一方に振り切るつもりもありません。
Rigna 新しい作品は、いつも自然に生まれてくるものなのでしょうか。
大橋 もちろん、生みの苦しみはあります。産後うつの時期には、半年ほど筆が持てなくなったこともありました。描きたいのに描けない。何を描いても「違和感しかない」「これは発表できない」と思ってしまう。作品を生み出す時には、自分の中の感覚と、実際に画面へ現れるものが一致するまで、すごく時間がかかることがあります。いくら描いても定まらず、苦しい時もあります。
でも、発表している作品については、すべて自分で本当に良いと思っています。自分が良いと思えないものを発表して値段をつけることはできません。作品は、私が死んだあとにも残ります。だからこそ、自分の美学と技術の結晶として、責任を持って世に出したいと思っています。
Rigna 以前、「自分より絵の方が偉いと思っている」と話されていましたね。
大橋 ずっとそう思っています。私は誰かのプライベートな生活の中に入って、その人の一番素直な瞬間に寄り添うことはできません。でも絵なら、それができる。誰かが疲れて帰ってきた時も、家族と過ごしている時も、一人になった夜も、その方のプライベートな空間・時間に静かに存在できる。顔色をうかがう必要もなく、言葉を交わす必要もなく、ただそこに在り、その人の心に寄り添える。それは、私本人にはできなくても、絵にはできることです。だから、自分よりも絵の方がすごいし偉いと思っています。
Rigna 僕が最初に大橋さんの作品を迎えたのも、代表シリーズの「BORDERLESS」でした。見る日や時間によって、まったく違う印象に見える。この作品は、どのように生まれたのでしょうか。
大橋 BORDERLESSは、私が実際に見た日の出や日の入りの空が移ろう刹那、本当に一瞬だけ訪れる景色が原点です。太陽が昇る時や沈む時、水平線のあたりに強い光が生まれ、空と海の境界が曖昧になる瞬間があります。本当に数秒で消えてしまう、とても稀な景色です。その瞬間を見た時に、写真を撮るだけではなく、自分の表現として残したいという衝動が生まれました。ただし、実際の風景をそのまま描いているわけではありません。
澪さんが今まで出会った中で1番美しい景色だというクロアチアのロヴィニ
Rigna 色の配置も、現実とは異なるそうですね。
大橋 実際の海では、後ろから光が当たるため、水平線付近が影になり、一番暗く見えることが多いんです。
大橋 でも私の作品では、水平線の部分を一番明るく描いています。そして、手前の浅瀬にあたる部分を、あえて深く濃い色にしています。現実とは、明暗の順番を反転させているんです。
大橋 BORDERLESSという名前には、「境界がなくなる」という意味があります。だからこそ、空と海の境界線にあたる場所を、最も曖昧で、余白があり、見る人が自由に解釈できる場所にしたかった。そこを一番明るくすることで、自然と視線が引き込まれ、「この先には何があるのだろう」と感じてもらえるようにしています。
Rigna 一枚の中に、実際には同時に存在しない色も入っているのでしょうか。
大橋 たくさん入っています。さまざまな場所で見た海や空、岩礁、陸地、緑、雲の流れ、光芒など、いくつもの記憶を組み合わせています。本来は空にないはずの色を海から取り入れたり、海にはない色を空に入れたり。作品の中でも、こちら側にある色を反対側へ少し入れるようにしています。空と海、光と影、それぞれの色が境界を越えて、画面全体で調和していく。その状態そのものが、BORDERLESSの世界です。
Rigna 最後に、これから作品と出会う方へメッセージをお願いします。
大橋 難しいことは考えなくて大丈夫です。アートだから、と身構えなくていい。ただ「この絵と暮らしてみたい」と思えるかどうか。その直感を大切にしてほしいです。私は32年間生きてきた中で出会った景色や感情、美しいと思った瞬間を、一枚一枚の作品に重ねています。AIには作れない、人の手が動いた痕跡や温度を感じてもらえたら嬉しいです。
小さい頃の私が、絵を描くことで救われたように、今度は私の絵が誰かの日常に静かに寄り添えたら。それ以上に嬉しいことはありません。
前回のインタビューから約2年。今回の対話を通して印象的だったのは、大橋澪という画家が「作品をどう描くか」ではなく、「作品が暮らしの中でどう存在するか」を徹底して考えていることだった。作品は完成して終わりではなく、自宅で共に暮らし、光の移ろいを確かめ、家族と過ごす時間の中でようやく完成する。その姿勢こそが、「アートのある暮らし」という言葉に説得力を与えている。
6年間で少しずつ言葉になってきた作家性は、これからも作品とともに育っていくのだろう。ショールームで作品を前にしたとき、この記事で語られた背景を思い出していただけたら嬉しい。