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一生物の家具と暮らす。 デザインした椅子は500以上。『椅子の巨匠』 ハンス・J・ウェグナー

一生モノの椅子が欲しい。そう思ったなら、なにはともあれ、まずはウェグナーを知ってほしい。ウェグナーことHans.J.Wegner(ハンス・J・ウェグナー)は、20世紀を代表するデンマークの家具デザイナー。特に「椅子の巨匠」として知られ、92年の生涯でなんと500脚以上の椅子をデザインしたといわれている。その多くは現代においても国際的に高い評価を受けており、ビンテージマーケットでの人気も高い。そんな彼の独創性溢れるデザイン、創作の背景について、その一端を紹介。

ABOUT Hans.J.Wegner

ーウェグナーの生い立ち

1914年、デンマーク南部のドイツ国境に近い町トゥナーに生まれたハンス・J・ウェグナー。靴職人の父の影響で、自らもクラフトマンの道を選んだウェグナーは13歳で家具職人を志し、近所の木工所に弟子入りする。もともと手先が器用だったウェグナーは、17歳で家具職人の資格を取得。その3年後、兵役で訪れた首都コペンハーゲンにて、自らの工房の為にデザインを学ぶ必要性を強く感じ、工芸学校に進学する。この頃、ウェグナーに並び称されるデンマークデザイン界の巨匠、ボーエ・モーエンセンや「デンマーク近代家具の父」コーレ・クリントらと出会っている。卒業後は、かのアルネ・ヤコブセンの事務所などに勤め、その後独立。当初から順風満帆なキャリアだったわけではなく、実は鳴かず飛ばずの不遇の時代も長かった。しかしながら親友となったモーエンセンのサポートや、家具メーカーヨハネス・ハンセン社との協働などによって自身のスタイルを着実に確立していき、徐々に頭角を現していく。中年期から晩年期にかけての躍進はめざましく、数々の名だたるデザイン賞を受賞、70歳の時にはデンマーク女王からナイトの称号を授与された。その作品は、ニューヨークのMOMAからミュウヘンのディ・ノイエ・ザムルングまで、世界中の有名美術館に数多く収蔵されている。

ーウェグナーのデザイン、とは何なのか

ウェグナーをウェグナーたらしめている最大の所以は、彼が一流の家具職人であったことに他ならない。素材も構造も知り抜いているから、見栄えだけを優先したような、無理のあることをウェグナーは絶対にしなかった。そして、無理を熟知しているということは、無理がないの最小を、言い換えれば無駄をも見極められるということ。だから、ウェグナーのデザインは自由でありながら丈夫で、無駄がなく美しい。ウェグナーデザインの特徴である、接合部や端部に見られる美しいディテールも、家具職人としてのルーツなくしてはきっと生まれ得なかっただろう。また、ウェグナーは職人技を必要とする『ザ・チェア』のような手工業の椅子とともに、量産化に対応した家具も多く手がけた。代表作である『Yチェア』もそのひとつである。その背景には、良質な家具を広く一般の人々に届けたいという強い思いがあり、そのためには工作機械の導入もためらわなかったという。質の良いものを安価で提供することは、生産者と消費者の両方の利益に繋がる。ウェグナーは、家具職人としての素養だけでなく、優れたプロダクトデザイナーとしての才覚も兼ね備えていた。
ウェグナーのデザインを紐解いていくと、中国の明時代の椅子やイギリスのウェンザーチェア、アメリカのシェーカーチェアなど、過去のデザインスタイルを参考にしてアップデートする「リデザイン」の考え方が源流にあることがわかる。ウェグナーのデザインとして最初に知られるようになった『チャイニーズチェア』もその有名な一脚。リデザインとは、単なる古典の模倣ではない。ルーツとなるスタイルをもっていながら、オリジナルとは異なる個性を創り出す、シンプルにいえば温故知新の精神だといえる。ウェグナーは古典に学び、リデザインを繰り返しながら、後にデニッシュモダンと呼ばれることになる独自のスタイルを確立していった。余談だが、後年、自分の椅子のフェイクが世界中で売られていることに対し、ウェグナーは「技術や構造で、自分のデザインを超えたものであれば構わない」と語ったそう。デザイナーとしての自信と気概が感じられるエピソードだ。

永遠のベストセラー『CH24』Yチェア

ウェグナーが92年の生涯でデザインした500脚以上の椅子。その中で最も有名なもののひとつが『CH24』。日本ではYチェアの愛称で親しまれ、これまでに世界で70万脚以上も売れているベストセラーである。それまでのウェグナーの家具は、腕の良い職人でなければ技術的につくれないものが多かったが、Yチェアでは量産向きのデザインを考案。ウェグナー初期の名作で、現在も製造を行う家具メーカー、カール・ハンセン&サン社のためにデザインされた。美しく、丈夫で座りやすく、ウェグナーのデザインとしてはとてもリーズナブルな椅子だ。

ーすべてに意味がある、美しく合理的な造形

Yチェアはあらゆる面で優れた椅子だが、座り心地の良さや丈夫さだけでは、ここまでのヒット作にはならなかっただろう。Yチェアが半世紀以上にもわたり世界中で愛され続けた最大の理由は、やはりその圧倒的な美しさにある。360°どこから眺めても完璧な造形で、こんなに個性的なのに、毎日目にしていても飽きることがない。
有機的なカーブを描くフォルムや、ひとつひとつが違う形状に削り出されたパーツ。まるで1点モノの工芸品のような風格を漂わせるYチェアだが、量産に対応したり、価格を抑えるため、製造工程の簡素化にも工夫が行き届いている。背中のY字型のパーツもそのひとつ。このパーツがもし普通の板材だったら、笠木(半円を描くパーツ)のカーブに合わせる3次元成形が必要になる。

しかし、Y字型であれば柔軟性がでて、2次元成形のパーツでも、笠木のカーブに沿ってYの先端をひねりながら差し込むことで組み立てられた。象徴的な「Y」は、ウェグナーらしい、ディテールへの細かな目配りにより生まれたものだったのである。笠木には曲げ木を用い、Y字型パーツは成形合板、他のパーツは機械による削りだしと、適材適所の加工方法を駆使して工業化に対応させた。一方で、繊細な感覚と精度が要求されるサンディングや組立、座面のペーパーコードの編み込みなどは手作業。機械加工と手作業のバランスをとることで、コストを抑えながら高い品質を実現している。
Yチェアは、ウェグナーがそれ以前にデザインした『チャイニーズチェア』をリデザインしたものだといわれている。そして、『チャイニーズチェア』も、中国の明時代の椅子をリデザインしたもの。ウェグナーはリデザインを繰り返して、この色褪せることのない不朽の名作を創り出すに至ったのである。

ーダイニングチェアの域を超えた快適さ

背とアームが一体化した笠木は、座ってみると身体が包まれるようで、不思議な安心感がある。一般的な椅子と比べてアームが高い位置にあるため、肘が下がることなく腕を置けるのも良い。まるでラウンジチェアのように快適な座り心地を体感できる。さらに、棒状であることで後ろから椅子を引きやすく、立ち座りの時にも楽だ。
座面は、ペーパーコードという紙でできた紐を編んで張られている。紙といわれると不安に思うかもしれないが、その耐久性は布や革と同じか、それ以上。非常に丈夫だ。表面はワックスコーティングが施されているため水を弾き、汚れもつきにくい。最初はギチっと張られているペーパーコードだが、使っていくうち、お尻にフィットするように徐々に馴染んでいく。さらに、通気性がよいので夏に蒸れず、冬は部屋の温度が通って冷たくならない。1年中快適に過ごせる万能な素材でもあるのだ。ペーパーコードは機械では扱えないので、職人がまる一日がかりで張り込んでいる。寿命は10~15年程度。もちろん張替えも可能だ。

ーあらゆるシーンに融け込む、コーディネートしやすい椅子

半世紀も前にデザインされているのに、どこか新しさも感じさせるYチェア。素朴さとモダンさを備えた佇まいは、個性的な造形であるにもかかわらず、あらゆるスタイル、空間に違和感なく融け込む。そのため個人住宅だけでなく、レストランやホテル、公共施設でも数多の採用実績を残している。また、多くの建築家に愛されてきた椅子でもあり、日本では安藤忠雄が先駆けて採用したのが有名である。Yチェアは色と素材のバリエーションが豊富で、無垢材本来の質感を活かした仕上げから、カラフルなラッカー塗装を施したものまで様々。中でも人気が高いのが、ビーチ材のソープ仕上げと、オーク材のオイル仕上げ。主張が強くないので、特にコーディネートしやすい。

ウェグナーの名作いろいろ

CH24の他にも数多の名作をデザインしているウェグナー。その中でも特に人気の高いアイテムをピックアップしてご紹介。

PP68

ーゆっくりと食事を楽しむダイニングのために

深く座って背筋を伸ばす姿勢と、浅く座ってくつろぐ姿勢、そのどちらの座り方をしても快適なのがこの『PP68』。生涯500点以上のチェアのデザインを手掛け、人生最後のデザインとなったこちらは、あらゆる経験の詰まった、集大成といえるチェアとなりました。
初期の頃は中国のチェアよりインスピレーションを得、背板がありましたが、途中から背をオープンにしたのは、腰を奥まで掛けた状態で背を正しいところで支えてもらう方が、長時間掛けた時に身体に負担がかからない、という理由からとのこと。
ダイニングでゆっくりと夕食と団らんを楽しむときに、深く腰掛けたり浅く腰掛けたり、体勢を変えても快適に過ごせるよう設計されている。

アームの長さが絶妙で、しっかり肘置きとして機能しながら、椅子への出入りもしやすい。さらに、アームをテーブルに引っ掛けると足元を浮かせることができ、床の掃除がしやすくなる。実に行き届いたデザインだ。『PP68』の座面はペーパーコード仕様。その他、革で張られた『PP58』もある。
元々はDSB(デンマーク国鉄)フェリーのためにデザインされたものだが、DSBは最終的に別モデルの『PP208』を採用。その後もウェグナーはこの椅子の改良を行い、1987年にPPモブラー社で製造がスタートした。

1953年に創設されたPPモブラー社の職人たちは、革新的で素材への妥協ない敬意があるからこそ、日々の仕事を通して技術を高め、模索し、より高度な生産を日々目指しています。木というオーガニックそのものと働くことができるという喜びから、自然と環境への配慮がPPモブラー社の理念となっています。
その唯一の目的は、何世代にもわたって日々使い続けてもらえる、美しくそして機能的な家具を生み出すことなのです。
そんなPPモブラーの工房で、ウェグナーは多くの時間を過ごし、職人たちと常に親密な対話を重ねてきたのです。

PP701

ーウェグナーの妻・インガさん愛用の椅子

ウェグナーが自邸のためにデザインした椅子。当初はダイニング用に6脚のみ製作したが、ヨハネスハンセン社からの要望で製品化された。現在はPPモブラー社が製造を引き継いでいる。ウェグナーの妻であるインガさんが、夫のデザインの中で最も気に入っている椅子であると語ったことで有名。丸テーブルと合わせた時のおさまりが特に良く、その理由は元々ウェグナー自邸の丸いダイニング用にデザインされたから。アームをテーブルに引っ掛けると足元を浮かせることができ、掃除機をかけるときなどは便利。特徴的な背もたれは4つの無垢材から構成されていて、境界面には色の違う木を挟みこみ、中央には十字の契りを埋め込んでいる。ちなみに、これは単なる意匠ではない。背を4つに分割することで小さな端材からでも材料がとれるようにし、その接合部を工夫することで、普通は意匠性を損なうとされる接ぎをデザインに昇華させている。契りは接合強度を上げるためのもので、十字型なのはデンマークの国旗から。非常にミニマリスティックな椅子だが、背もたれの加工はもちろん、スチールフレームも溶接部分を目立たなくするため手作業で削られていたり、多くの手間と熟練した職人の腕を必要とする椅子だ。

ーウェグナーの妻・インガさん愛用の椅子

ウェグナーが自邸のためにデザインした椅子。当初はダイニング用に6脚のみ製作したが、ヨハネスハンセン社からの要望で製品化された。現在はPPモブラー社が製造を引き継いでいる。ウェグナーの妻であるインガさんが、夫のデザインの中で最も気に入っている椅子であると語ったことで有名。丸テーブルと合わせた時のおさまりが特に良く、その理由は元々ウェグナー自邸の丸いダイニング用にデザインされたから。アームをテーブルに引っ掛けると足元を浮かせることができ、掃除機をかけるときなどは便利。特徴的な背もたれは4つの無垢材から構成されていて、境界面には色の違う木を挟みこみ、中央には十字の契りを埋め込んでいる。ちなみに、これは単なる意匠ではない。背を4つに分割することで小さな端材からでも材料がとれるようにし、その接合部を工夫することで、普通は意匠性を損なうとされる接ぎをデザインに昇華させている。契りは接合強度を上げるためのもので、十字型なのはデンマークの国旗から。非常にミニマリスティックな椅子だが、背もたれの加工はもちろん、スチールフレームも溶接部分を目立たなくするため手作業で削られていたり、多くの手間と熟練した職人の腕を必要とする椅子だ。

CH88P

ー異素材の融合を試みた意欲作

『CH88P』は、1955年にスウェーデンで開催された、ヘルシンボリ国際博覧会に出展するためウェグナーがデザインした一脚。当時はプロトタイプがつくられたのみで販売には至らず、2014年にウェグナーの生誕100年を記念してカール・ハンセン&サン社がこの椅子を復刻させた。新しい素材と色彩に挑戦したウェグナーの意欲作であり、木材を彫刻的に削り出した背もたれと、工業的なスチールフレームを、ウェグナーらしいミニマルなフォルムにまとめている。アームレスチェアのようにみえるが短い肘掛けが備わっており、腕を置いてみると見た目以上に快適。スタッキング可能と機能的にも優れている。背もたれの樹種や座面の張地、フレーム色を多彩にコーディネートでき、同じデザインで座面が木製の板座タイプもある。

CH20 エルボーチェア

ーウェグナーのクラフトマンシップ溢れる一脚

エルボーチェアがデザインされたのは1956年。当時は技術的な理由で製品化には至らず、半世紀を経た2005年にカール・ハンセン&サン社から復刻された。発表と同時に世界中で大きな反響を集め、その年のニューヨークICFFエディター賞にも輝く。特徴的な曲げ木の背もたれは一枚の無垢材からできており、肘掛けとしても機能する形状になっている。腰にフィットする背もたれは背筋を自然と伸ばしてくれて、座面も傾斜がなくフラットなので、くつろぐ椅子というよりは、ダイニングやデスクチェアに向いている印象。アームは、椅子を引かなくても横から座れる絶妙な長さ。そのため省スペースで、さらにスタッキングも可能なので、レストランなどにもおすすめできる。裏返すと気付くが、座面を支える構造材のデザインまで非常に美しい。ウェグナーの美学が詰まった一脚だ。

あとがき

時代を超えて愛されるハンス・J・ウェグナーのデザイン。そのクオリティの高さは、今なお世界中で愛され続ける人気の高さと、半世紀前のビンテージが現役で市場に出てくる堅牢さをみれば明白。ウェグナーの椅子は、使い続けるほどに味わいが深まり、座るほどに身体に馴染んでいく。一生モノを選ぶなら、ぜひ選択肢の一つに加えてみてはいかがだろう。

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